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名古屋高等裁判所 昭和45年(ラ)46号 決定

原審申立人 滝沢宏子(仮名)

原審相手方 滝沢英雄(仮名)

主文

原審申立人及び原審相手方の各抗告により原審判を取消す。

本件を津家庭裁判所に差戻す。

理由

一  原審申立人は「原審判主文第二項を次のとおり変更する。原審相手方は、原審申立人に対し金一、六一三万〇、二六六円を支払え。」との決定を求め、その抗告の理由は別紙第一のとおりであり、原審相手方は「原審判を取消す。本件を津家庭裁判所に差戻す。」との決定を求め、その抗告の理由は別紙第二のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

二  原審申立人の抗告について、

所論は、要するに、遺産分割の審判における遺産の評価時は、原審判のように相続開始時とすべきではなく、審判時とすべきであるというのである。

よつて審案するに、原審判は原審判添付の目録記載の物件(以下本件遺産という)の評価について鑑定人大川徳一の鑑定の結果を採用し、これにもとづき本件遺産を分割しているが、右鑑定の結果(記録一六五丁)は、被相続人滝沢一の死亡当時(昭和四〇年五月)における本件遺産の時価を評価しているものであること明白である。

原審判が右大川徳一の鑑定の結果を採用した当否はともかく、遺産分割審判において遺産の評価時期は、分割時とすべきものと解するのが相当である。もつとも、遺産分割に遡及効があること(民法九〇九条本文)、具体的相続分の算定のための遺産の評価及び遺留分算定の基礎となる財産の評価がいずれも「相続開始の時」を基準としていること(民法第九〇三条第一項、第九〇四条、第一〇二九条)から、

遺産分割のための遺産の評価も、これと異別に取扱うべきではないと考えられないではない。しかし遺産分割の遡及効は、分割前の遺産処分から相続人を保護するための擬制であり、また相続財産の被相続人から相続人への移転と遺産分割とは平面を異にする問題であるから、両者を必ずしも同一に扱わなければならないとするいわれはない。そして遺産分割は、分割時にはじめて遺産が具体的に分割されるものなのである。ことに本件のように相続開始時と分割時(原審判時)の間に五年弱の年月の経過があり、更に原審判のように、原審申立人には本件遺産の価額の六分の一に相当する金銭を与え、原審相手方には本件遺産全部(不動産)を与えるというような分割方法をなすにおいては、その分割方法が本件の解決としては妥当であるとしても、物価上昇の著しい現状に鑑みるときは、原審申立人と原審相手方との間に実質的な不公平をもたらす結果となることは明らかである。

したがつて原審は、本件遺産の相続開始時の価額によつて具体的相続分(遺留分)を算出し、その割合をもつて分割時を基準として評価された本件遺産の分割をなすべきである。

なお、右のように解した場合「評価の基準日は審判時に可能なかぎり接着した時点とする他はないであろう。

してみると、この点において原審判は失当であり、原審申立人の本件即時抗告は理由がある。

三  原審相手方の抗告について、

(一)  抗告理由一は要するに原審申立人の遺留分減殺権の行使方法の違法不当であるというのである。

しかし、仮に原審申立人の減殺権行使方法(記録三七丁)が不適法なものであつても、本件遺産分割の申立に原審申立人の減殺権行使の意思表示が包含されているものと解される。

しかして遺留分権利者が減殺権を行使するには、その遺留分を保全するに必要な限度を指定すべきである(民法第一〇三一条)が、その指定方法として、原審申立人のように遺産の具体的な価額にもとづかない単純な割合で、右の限度を指定してもさしつかえないと解する。けだし本件においては、被相続人滝沢一は、本件遺産(記録上同人のほとんど全財産であると認められる)を原審相手方に生前贈与した結果、原審申立人が他に相続財産がほとんどないと考えることは当然であろうし(若干の動産があつたとしても、本件遺産の占める割合からすればわずかの価値しかないと考えられる)、また本件遺産の相続開始時における具体的な価額が原審申立人にとつて不明であつたと考えられるからである。

次に本件において、被相続人滝沢一は、原審相手方に対して本件遺産を昭和三九年一一月一四日(原審判目録番号37ないし44、同年一二月九日(右同番号1ないし11、26ないし36、45ないし103)、同年一二月二二日(右同番号12ないし25)と三回にわけて、贈与していることが記録上明白であるが、このような場合、後の贈与から遺留分を保全するに必要な限度で減殺すべきであるとしても、本件のような概括的な減殺方法が違法であるということはできない。けだし右のような減殺方法であつても、遺留分権利者の遺留分を保全する限度で、その効力は発生すると解されるからである。したがつて原審は、右の減殺権行使の結果にもとづき遺産分割をするのであるから、減殺さるべき贈与を特定し、その減殺された贈与財産を相続財産として遺産分割の審判をすべきである。しかるに原審判は右の点について何ら判断していないから、原審判は分割すべき遺産の範囲を誤つたものといわなければならない。

(二)  抗告理由二は要するに原審判は遺産の範囲を確定していないというのである。

原審判は原審申立人が主張した以外に遺産がないと判断していることは明らかである。

しかし右以外にも遺産が存することは記録上明白であり、また本件遺産中に遺産の範囲に含まれないものも存することも記録上認められるところである(原審判添付目録番号一〇三の一番最初に記載された家屋)。したがつてこの点において原審判は分割すべき遺産の範囲を誤つているものである。

(三)  してみれば、原審相手方のその余の抗告理由について判断するまでもなく、原審相手方の本件即時抗告も理由があるといわねばならない。

四  右のとおり本件各抗告はいずれも理由があるので、家事審判法第八条、家事審判規則第一九条第一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 布谷憲治 裁判官 福田健次 高橋爽一郎)

参考 原審(津家裁 昭四五・三・一六審判)

主文

一 被相続人滝沢一の遺産分割について相続人滝沢英雄は別紙目録記載の不動産を取得し、その単独所有とする。

二 相続人英雄は相続人滝沢宏子に対し金八〇六万五、一三三円を支払え。

三 審判調停費用は各自弁とする。

理由

当裁判所は本件記録にあらわれている諸資料により、以下に記述する各事実を認定し、その他諸般の事情を考慮して次のとおり判断する。

一 相続人

昭和四〇年五月二〇日被相続人死亡し、次の者の間に相続が開始した。

〈1〉配偶者申立人滝沢宏子(明治三七年七月一一日生)現在国立○○療養所で結核療養中である。〈2〉長男相手方滝沢英雄(大正一五年六月三〇日生)被相続人の死亡後家業である○○業を承継し妻子と共に遺産である家屋に居住している。〈3〉次女道子(大正一三年一月四日生)昭和一九年五月二九日村田明と結婚している。

二 相続財産

分割対象の遺産は別紙目録記載のとおりとなる。

三 遺留分の計算

被相続人は存命中死亡前一年以内に別紙目録(一)贈与登記の日付欄に記載のとおり上記全遺産を長男相手方滝沢英雄に贈与しその旨の登記を経由した。相続人である申立人滝沢宏子は遺留分権利者として昭和四〇年九月二六日内容証明郵便をもつて相手方に対し遺留分減殺の意思表示をなした。

分割対象の全遺産額の評価は次のとおりである。

(鑑定人大川徳一の鑑定結果に基づく)

(1) 宅地(別紙目録(一)番号一~一一)は登記簿上の面積合計四〇七坪〇六、

(2) 田畑(別紙目録(一)番号一二~二五)は登記簿上の面積合計二反七畝六歩、

(1)(2)の評価額合計二八二万〇八〇〇円。

(3) 家屋および納屋(別紙目録(一)番号一〇三)評価額合計二四五万円。

(4) 山林雑種地(別紙目録(一)番号二六~一〇二)登記簿上の面積合計二二町六反六畝六歩評価額合計四三一二万円。(この内訳は別紙(二)大川徳一鑑定の結果のとおり)。

以上合計四八三九万〇八〇〇円。

なお被相続人には以上の遺産の外には遺産はなく負債も存在しないものと認める。

よつて遺留分の算定をすると、申立人の遺留分額は八〇六万五、一三三円となる。

四 法律問題

全遺産を包括的に遺贈した場合に、遺留分権利者が減殺権を行使したとき、減殺請求により取消された遺贈対象は減殺権を行使した相続人の財産に帰するのであるのか、あるいは相続財産に還元されるのかという問題が存在する。殊に本件のようにすでに履行ずみの生前贈与(もしくは遺贈でも同様)については、それが減殺権を行使したものに帰属し、その数額は訴訟手続により決定するということが職権審理による審判手続よりも容易であろうし、あるいは旧民法はその趣旨を前提として立法されたものと思われる。

けだし、審判手続による場合には困難な負債総額を決定しなければならないのとかつそれらは弁済主義によりなされれば格別、職権審理による審判手続では容易に決定できる筋合のものではないからである。

しかし反面違留分による減殺請求の結果それは当該相続人に帰属するということになると共同相続においては減殺権者が数人あるのであるから、もし受遺者受贈者のなかに無資力のものがある場合にたまたま順序としてその者に対して減殺権を行使せざるを得ない相続人は非常に不利になる。従つて減殺された遺贈贈与はいずれも相続財産となり、それについて減殺権を行使した者の間において遺産分割をするを相当とする。従つて一人が減殺をした後に他の遺留分権利者が遺産分割に割りこみたいときには、次順位にある遺贈贈与を減殺し、前に減殺権を行使した相続人により回復せられた遺贈贈与と合わせて分割するを相当とする。

上記の事情であるから、減殺権行使により遺留分の分割は相続回復による遺産分割と同様にそれぞれ審判手続にて分割の前提となる減殺権の存否範囲の確定がなされるものと解する(もつとも減殺の程度等については既判力は生じない)。

(5) 分割の結論

相続人英雄(相手方)は現在被相続人の家業を継承し現在○○業に専念しているので現在居住の家屋を含めた全遺産を取得さすを相当とする。相続人宏子(申立人)は目下結核で療養中で現金を必要とする事情にある。前記の事情であるから前記遺産全部を相手方に取得させ、相手方において申立人に対し金八〇六万五一三三円を支払うべきものとする。

(家事審判官 辻下文雄)

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